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2022年11月 4日 (金)

法華宗お寺巡りサイクリング 20 (鯖江市西部)

2022年11月3日 木曜日 晴 10-22℃

昨日に続いて穏やかな晴天日。こんな日にジッとしていられない。今日は鯖江市内にある法華宗の寺院巡りに出かけることに。

鯖江市内にある法華宗の寺院は、次の地図で見るように全部で七ヶ寺。なお平等会寺には境内に2つの塔頭(たっちゅう)寺院もある。

このうち、今日の訪問予定は、鯖江市の西部にある題目堂(隆宝教会)、平等会寺、本蔵寺、盛隆寺の4ヶ寺をこの順で巡る。

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福井市から鯖江市へは県道182号線、252号線で南方へ走る。

鯖江市に入って、浅水川にかかる弁天橋を渡って、商店街の路地を東方へ走ると、左手に題目堂の石塔が見えてきた。

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たまたま何かの法要があるようで、数人の参拝者があり、読経の最中であった。

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題目堂は、「隆宝教会」という法華宗本門流の寺院として登録されているようだ。

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続いて西方に向かって日野川の左岸に行き、堤防道路を南下して平等会寺へ向かう。吉川橋で右折して平井の集落に入り、平等会寺に到着。

法華宗真門流平等会寺は、最初は弘仁年間(810-820年)に建てられた天台密教の大寺であったと伝えられている。

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その後約500年を経て、日蓮聖人の法孫日像菩薩が北陸弘通の時、妙法の結縁にあい、天寿2年(1376年)日妙阿闍梨(アジャリ)の時改宗して、寺号を妙法山平等会寺と改めた。

山門は全体が禅様式でまとめられ、一間一戸の四脚門、笏谷石を四半敷とし、全て円柱で整えられている。Dscn4170

本堂を中心とした伽藍はよく整っている。文政2年(1829年)の火災後、安政2年(1855年)までに再建されたとされる。

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本堂の右手には三十番神堂が建つ。文政12年5月、当山末寺織田町上戸成道寺よりの奉納により移転再建されたものである。

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左手には祖師堂が建つ。文政12年3月21日、平井大火にて類焼し、4月下河端講中協議の結果、万場一致にて御講堂を移築し現在の祖師堂とした。

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堂内には、中央に日蓮聖人の木像を安置し、向かって右には本山開祖日真和尚の木像、左には当山開基日妙阿闍梨木像が安置されている。残念ながら堂内を見ることはできなかった。

次は一切経堂。「一切経」とは、仏教聖典の総称、大蔵経ともいう。お釈迦様の全ての教えである。

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明治39年下河端八田次郎兵衛、八田善左衛門、八田平七氏三名にて、当山38世日命上人代に、金沢妙国寺蔵より移し寄進されたた。平成14年三氏にて再改築。

現在北陸において一切経堂があるのは当山と数ケ寺だけ。

本山開祖日真大和尚(左)、開基日妙阿闍梨(右)の記念石碑。

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当山歴代霊廟。

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鐘楼は、木割(各部材の寸法の比率)が大きく、保存状態の良好で、寺院の伽藍景観に大きな役割を果たしている。Dscn4177

境内には、塔頭寺院の常在院と真行院が建つ。

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最後に日蓮大聖人像を拝んでお寺を後にする。

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次は二丁掛町にある本蔵寺に向かう。

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本蔵寺の創立は天正5年(1577年)8月28日。開山は栄得院日等。

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元禄七年(1694年)と記されているが、何の記念石塔だろうか?「壇那中」の意味がわからない。

最後に、盛隆寺へ。

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盛隆寺の創立は、寛永14年(1638年)、開山は圓蔵院日教上人。

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石碑には「享保九年四月二十六日 當寺中興」と記されている。享保9年は1724年。中興ということは、火災か何かの後に新しく立て直したことかな?

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別の題目塔には、「開基日真大和尚」とある。

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帰路は日野川沿いの丹南サイクリングロードを利用して福井市に向かう。

いつもは日野川左岸沿いの堤防を走り、清水山橋を渡ってから右岸を走るのだが、今回は初めて朝宮橋まで走り、ここで右折して福井市街地に入り帰宅。

走行距離は44kmだった。

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