日蓮宗お寺巡りサイクリング 10(丸岡町+α)
2022年5月27日 金曜日 雲のち晴 17-27℃
坂井市丸岡町には日蓮宗のお寺が2ケ寺ある。下の地図で下部の二つの地点マーク、左が法栄寺で右が妙光寺。
今回はこの他にも、地図上部の左手の法華寺・日源寺と、右手の真言宗・直乗寺の2ケ寺も訪問する予定。
めぐる順序は、日蓮宗の2ケ寺をまず訪問し、その後で日源寺と直乗寺をこの順で巡る。
自転車はいつもの電動アシスト付きパナソニック・ハリヤ。
午前中は大気が不安定で、西の方には雨雲も見えていたが、10時半頃から天気が回復してきた。
サイクリングに出るにはやや遅いが、思い切って、10時50分出発。
九頭竜川は舟橋を渡って、丸岡の方へ向かう。
舟橋を渡ってすぐ右手に折れ、堤防の道路を東に向かって走る。
以前にはなかった自転車通行帯がいつの間にかきれいにできている。
丸岡町に入って、妙光寺に到着。
妙光寺は天正4年(1576年)の創立。開山は日是、開基は慈徳院日然、天台宗より改宗。
ところで、お寺の縁起ではよく「開山」と「開基」という言葉が用いられるが、その違いは....
「開山」とは閑静な地を選び山谷を切り開いて仏法を求めること、あるいは僧侶のこと。
「開基」とは寺院の建立に際して基礎を開いて(資金を提供した)僧侶、あるいは武士や貴族などの有力者などのこと。
確か、昨年から宿坊もはじめたとのこと。その旨を表す看板も掛かっている。
法栄寺はすぐそばにある。
法栄寺は、天正2年(1574年)の創立。縁起に関する詳細は不明。
昭和23年の北陸地震で本堂・庫裏が倒壊したが、昭和30年11月に本堂を再建、昭和38年には庫裏を再建した。
丸岡町は城下町なので町中だけでなく、近辺地区にも寺院がたくさんある。
今日は、日蓮宗の寺院の他に、法華宗の日源寺と真言宗の直乗寺も訪問する。
日源寺はあわら市瓜生(うりゅう)、旧地名では坂井郡金津町の地区にある。
県道147号線を北に向かって5kmほど走ると、右手に見えてきた。
日源寺は日栄が開山、1291年に開基し善鷹寺(禅応寺)と称したが、1294年に日像上人に従い天台宗から法華宗に改宗し、日源寺と称するようになったと伝えられている。
後に、瓜生城を築城し、戦国時代には武曽氏は越前守護大名朝倉氏に仕えたが、朝倉市の滅亡と共に武曽氏も衰退した。日源寺はその武曽氏の菩提寺である。
ところで...
言い伝えでは「1294年に日像上人に従い天台宗から法華宗に改宗し」ということだが...よく考えると、日像上人が改宗をさせたのなら、なぜ日蓮宗ではないのか???.
運よく、お寺の奥様が出てこられて、本堂を開けていただき本堂の中に入れていただいた。
ついでに、上の疑問の件を奥様にお尋ねすると、やはりご住職(不在であったが)も年代的に合わないので不審に思っているとか。とにかく、お寺には文書の記録が全く残っていないので、言い伝えのまま信じているよう。
お寺の横には、横山神社があるが、神社としてはなんか奇妙な名称。
ここから、来た道を戻って、直乗寺に向かう。
直乗院は真言宗の寺院。
建長元年(1250年)頃に道範大徳が一宇を建立して開基。本尊胎蔵界五智如来を祀り、仏眼山直乗院と号した。
仏眼山という山号の名称の由来が気になりますが、不明。
丸岡城の鬼門の方向に位置していたため、本多家が丸岡城主の頃祈願所とされ、寺紋に「本多立ち葵」を受けている。
境内には、新江用水の開拓に貢献した渡辺泉龍の墓碑が建っている。
隣には白山神社が建つ。
隣の虚空蔵堂には、2対の狛犬が鎮座してお堂を守っている。
帰路は、ここから真っ直ぐ南下し、福井大学医学部のあたりから九頭竜川沿いのサイクリングロードを走る。西風の向かい風で、電動自転車のバッテリーはパワー全開。
走行距離は38.6km。バッテリーの消費は40%。
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